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17 2009 パンテンコ・オリガ
合気道の霊

 

磯山先生: 今から60年前、ちょうど私が12歳のとき。大先生がここにおられて、そのとき、私がいちばん若かったのです。13~15歳ぐらいの人たちが、14~15人稽古していたけれども、結局残ったのは、私と今晩ここで稽古を指導する渡引先生、2人だけ。その後、どんどん入門してきたけれども、やっぱり学校や仕事の関係とか、いろんなことで当時の人で残ったのは、現在は数人です。

  先生がおっしゃったとおり、少年のとき、毎朝階段に登ったのは、ご希望でしたか、それとも大先生に求められたのですか。

それはやっぱり自分が強い体を作りたい。強い体を作るということは、精神的な強さと結びつく。現代の生活は、寒いときに暖房で暖かくし、暑いときには冷房で涼しくして生活しているでしょう。これは自然に逆らってるわけですから、私は寒いときには、日本の場合は、12月、1月,2月がいちばん寒いですね。ある年には、一回も暖房を使わなかった。それから、靴下、足袋も一切はかず、手袋もつけない。それで一冬過ごしたこともあります。それはどうしてそういうことをするかというと、寒さに耐えるということは肉体だけではなく、精神的にも耐えようとしなければ続かない、それが総ゆることで我慢しようとする気持ちに繋がると思うからです。

― その結果はどうでしょうか。

日本の冬の寒さと、ロシアの冬の寒さというのは比較にならないと思います。だから私がそういうことを言っても、ロシアの人にはなかなか理解してもらえないと思います。日本でいくら『寒い寒い』と言っても、ロシアの、おそらく夏ということでもないでしょうが、まあ、暖かくなってきた時期ぐらいじゃないかと思います。でも、いろんな面で、例えば一つの仕事を続ける、いろんな人とお付き合いをさせてもらう、嫌なこともあるし、辛いこともある、そういう時にじっと堪えようとする気持ち、寒さだけでなく、辛いこと、悲しいこと、嫌なこと、腹が立つことなどあらゆることに対しての強い忍耐力というのが出てくると思うのです。

  大本教はどういう宗教ですか。大先生にどのような影響を与えましたか。合気道は大本教に関係がありますか。

それは、私がこうだったということは、断定はできません。あくまでも、推測です。こうだったんじゃないかな、ということしか言えません。昔は、いわゆる自分の命を守るための武術だった。大先生はいろんな武術を修行した後、大東流合気柔術を修行され、そして、たまたま大本教の出口 王仁三郎聖師に出会った。大本教は、「世界の平和」を唱えているものと思います。ですから大先生が合気道を通して、世界の平和に尽くさなければならないというお考えになったのは、大本教に出会ってからではないかと思います。  現在、合気道は大本教と直接の関わりはないと思います。しかし、大本教の方々も多勢の方が合気道の稽古はされてます。

―  大本教の原則はなんですか。

私は大本教の信者ではありませんので分かりません。

―  大本教は神道の流派ですね。ですから、神道の原則は?

神道には、キリスト教や仏教のような原則がないと思います。でも、どの神道でも目指すところは「世界の平和と繁栄」を求めていると思います。私が大先生の下へ入門したのは12歳のとき。大先生が亡くなったのは私が32歳のとき、20年間大先生にいろいろご指導戴きましたが、大先生はいわゆる大本教の信者であっても、一度も私に『大本教に入信しなさい』と言ったことがないのです。普通だったら、『合気道を稽古したかったら、大本教の信者になりなさい』と言うのではないかと思います。でも、大先生は私に限らず、どなたにもそういうことは言ってないようです。

―  外国人は神道に入ってもいいですか。

例えば、ロシアにはロシア正教があるわけでしょう。アメリカなら、キリスト教。そういうものを親子代々ずっと信仰してきたわけでしょう。その人たちが、合気道を習うために神道の信者にならなくちゃならないと言うことはないと思います。だから、ただそれについていろいろ勉強することは一向に差し支えないと思います。神道というのはこういう理念、こういう考えでやってるんだ、ということがわかるだけでもいいのではないかと思います。入信するかしないはその人の個人的なものではないでしょうか。

  先生が仰ったとおり、合気道を修行するためには、体を強くするだけでなく、精神的な修行もしなければなりません。精神的忍耐力を強くするために、どうしたらいいでしょうか。

精神的強さを宗教に求める人もいるでしょう。また、肉体的な苦痛を乗り越えて精神的忍耐力を培う人もいるだろうと思います。私の場合には、前にも話しましたが自分自身にいろいろな方法で苦痛を与えてみたり、大先生のいろいろなお話を聞いたり、大先生に関する書物を読んだりしました。 また、いろんな人の書いた本を読ませてもらいました。そういうことによって、いろんな知識が吸収できます。それで、その中で大事なことは、人間として、どういうことを学ばなければならないか、何を求めていかなければならないか、また、何を守らなければならないか、ということを学ばなければ、自分の精神的な強さというものは求められないのではないかと思います。

―  先生がたくさんの外国人と付き合っていますが、本物の合気道をやるためには、稽古するとき、注意を払わなくていけないのは何でしょうか。やりかただけでなく、自分を精神的に高めるためにはどうしたらいいですか。

一番大事なことは、合気道が強くなるとか、上手になるとかではなく、合気道の稽古を通して、人間性の向上、人として、どういうことを学ばなければならないか。また、人としてどういうことをやっていかなければならないか。ということに結びつけた合気道でなければ、合気道が単なるビジネスになってしまいます。自分を高めるためにはどうしたらよいか。どのような稽古をすればよいかと云うことが大切ではないかと思います。それには先ず開祖植芝盛平先生がどのようなお考えで合気道を創始したか。合気道の理念は何なのかと云う事をしっかり学ばなければならないと思います。合気道には、試合がない、オリンピックの種目にも入ってないけれども人種、宗教、国境を越えて大勢の皆さんが関心をもって稽古に励んでおられる。それはどうしてかというと勝ち負けを超越した精神性の強さからではないでしょうか。お金に結び付けるような欲徳での合気道は本当の合気道じゃないと思います。だから、大先生はここにお住まいになって、ここを見ても分かるように、決して大先生のお住まいになるような立派な家じゃないでしょう。こういうところにお住まいになって、合気道を広めていたのです。それで、私どもには、「お金がなければ、月謝はいいんだよ」というようなことも言ってくれたんです。そういうふうにして、金銭的なものを度外視して、合気道を広めたのです。あるときには、大先生の教えを非常に有難く思った方々で、裕福な人は大先生に沢山のお金を差し上げた人もいたというようなことも聞いたことがあります。だから、合気道をやっていて、腕力が、強くなり、天狗になっちゃって、だれからも嫌われるようではよくないでしょう。たとえば、パンチェンコさんは非常に人間的にも優しくて、仕事もできる、一所懸命やってくれる、うちの会社でぜひ働いてもらいたい。そういうふうな、誰が見ても。ああ、いい青年だと言われるような立派な人間にならなければならない。 鼻摘み者じゃだめ。そのためには人間的にしっかりしたものを作らなければならない。私は「合気道というのは、人作りの武道」だと思うのです。

― ロシア人やヨーロッパ人は武道という言葉を聞いたとき、武道は戦いだと思っています。でも、大先生は『合気道は平和の武道だ』と仰いました。本当の武道はどういうものですか。

それは英語でmartial art といいます。そうすると、合気道も、ほかの格闘技も、みんな一緒になってしまう。本当の日本の武道というのは、究極は「人格の完成」を目指して、自分自身を鍛えるんだけれども、相手を打ちのめして、それで天狗になっているようなのは、本当の武道の精神からは外れている。合気道は精神的なものが大切であり、その根底にあるものは礼儀作法ではないかと思います。道場の中での礼儀作法というものがあります。そういうものがしっかり身についていないにもかかわらず適当に指導している。それはやっぱり合気道の本質から離れている。やはり、大事なのは、道場の中でお互いに礼をする。礼をするということはお互いが相手を認め合い、相手に敬意を表し、相手への感謝の気持ちを表すことなのです。今は、稽古中に礼についてうるさく言ってくれる指導者がいなくなっしまいました。うるさく言うと稽古に来てくれなくなってしまう、するとお金が入ってこない。ですから合気道がビジネス化してしまうと一番大切な道場内での礼儀作法についても疎かになってしまうのです。私はいろんなところへ指導に行きますが、袴を着けた人たちはそういうマナー、礼儀をある程度弁えていて、それなりの礼をしますが、始めたばかりの人はちゃんと座って礼もしない。立ったまま頭を下げている。その礼も立礼としての礼ではなく形だけ頭を下げるだけ。感謝の気持も敬意を表する気持も伝わってこない。本当の自分の気持ちを表すのに、たとえばロシアの礼の仕方、ヨーロッパの礼の仕方、それぞれあると思う、少なくとも、合気道をやろうという人は、道場の中へ入ったら、合気道の礼儀作法をしっかり守っていただきたい。道場の中でしっかりした礼儀作法が出来るようになれば実社会でも十分に役に立つのではないでしょうか。また、役に立たせなければならないのです。それが「日常生活に活かされた合気道」であり、私の唱える「実践合気道」なのです。

― 武道ということばをよりよく理解したいのですが。日本人の目で見ると、武道はどういうものですか。

日本人でも、武道は戦いだと思っている人もいます。しかし、いろんな武道を修行している人たちは、最初はそういう気持ちであっても稽古を続けることによって考えが変わってくるのではないかと思います。私も最初、大先生の下へ入門したときには、喧嘩して、負けたくなかったし、強くなりたかった。しかし、稽古を積むことによって、いわゆる精神的にも、肉体的にも強くなり、自信がついてくる。自信がついてくると、相手への思いやりや労りの気持ちが培われ、つまらないことで、争わない気持ちになる。皆さんご存じのように日本の武道にはいろんなものがあります。柔道、剣道、空手、弓道、なぎなた、相撲もあります、最初はみんな、肉体を強くしよう、精神的なものを強くしよう、そういう気持ちで稽古を始めます。はじめから、争わないとかなんとかということじゃなくて、一所懸命強くなりたい、試合をして勝ちたい、そういう気持ちで稽古を積んでくるわけです。しかし、だんだん稽古を積んでくると、いろんな面で人間的に出来てくれば、それは単なる格闘技ではないということが分かってくるようになるんじゃないかな。やはり、武道を本当によく知らない人は、武道というのは戦いだというふうに受け取るのではないかと思います。いちばんいいのは、自分が稽古に励んでいて、合気道はこういうもんですよ、こんな良いところがあるんですよ、というふうに書いてくれればいいんだけど、生齧りの人が合気道について書くと、一般の人に誤解されるような書き方をしてしまうわけ。だからそういうところが、われわれにとっては怖いのです。

ですから、私の考えでは、正しいかどうかわかりませんが、武道は自分を精神的に強める方法ですね。

それが大事ですね。

― 合気道を修業しているペルミの人たちに挨拶の言葉をおっしゃってくださいませんか。

まず、折角、合気道という素晴らしい武道に出会ったわけですから、開祖の教えが、どういう教えであったかということをよく理解することが大切です。稽古を少しだけやっても、合気道の良さは分からないと思います。長く続けて頂きたいのです。

例えば、紙は1枚や2枚だと、簡単に破ける。しかし、数100枚と厚くなると破けない。1枚2枚では弱くともそれが積み重なれば強くなり、簡単には破けなくなるのです。要するに何が大切かと云うと「努力の積努み重ね」なのです。「継続は力なり」と申します。正しい合気道を正しく稽古して、正しい人間になってほしいのです。人間は、ロシアであっても、日本であっても、アメリカであっても、ヨーロッパであっても、みんな同じだと思うのです。人に迷惑をかけるような人間になってはいけない。その人がいることによって、その場が明るくなり、楽しくなるような人間でなくてはいけない。たとえば、パーティーのとき、『ああ、磯山がきた!』みんな楽しくなる、明るくなる。そういう人間にならなくてはいけない。そういう風に伝えてください。

そして、またいつか機会があったら、そういう人たちと一緒に稽古し、できれば一杯やりたいものですね。そう云う機会の来ることを楽しみにしております。皆様のご発展を祈ります。

―ありがとうございます。ぜひ伝えておきます。

合気道の有段者がはくことになっている袴についてまとめたものを添付しますので参考にして頂きたいと思います。

「袴を穿く意義」について

先ず袴には、右に2本、左に3本の襞があることを知って頂きたい。

そしてその襞にはそれぞれの意味があることもである。

武道精神の礎は儒教の教えであり、五倫五常の教えである。即ち、人間として守るべき仁、義、礼、智、信の五つの徳である。

1、仁  慈愛の心を基にして自己を完成させる最高の徳であり、相手を思いやる心、慈しむ心である。

2、義  道理、条理、物事の理に適ったこと。即ち、人間として行うべき道筋である。

3、礼  社会秩序を保ち、人間相互の関係を円滑にするために日常生活の規範として行うべき道である。

4、智  物事を理解し、是非、善悪を分別する心の作用。即ち、知識であり、教養である。

5、信  人間としての誠実さ、約束したことを必ず守ると云う人間的な信頼関係を築くための誠の心である。

現代社会において得てして忘れられがちな人間として守らなければならない大切な徳であり、合気道を志す者のみに必要なことではなく一般社会人として具備すべきことであることを忘れてはなるまい。

袴を穿くと云うことが如何に意義あるものかと云う事を考えることにより、いい加減な気持ちで袴を付けるのではなく、気持ちをしっかりと引き締めなければならないことは改めて申すまでもあるまい。

また、合気道を志す者は単に表面上の技だけに捉われるようなことなく内面的即ち精神的鍛練を忘れないようにして頂きたいのである。

われわれの日常生活、すなわち、それぞれの家庭、学校、職場において合気道の精神が活かされてこそ開祖植芝盛平大先生が残された真の合気道ではないだろうか。開祖は合気道は世のため、人の為にならなければならないと仰っていたが真の合気道精神が一人でも多くの方々に理解されることにより、必ずや世界平和へと結びつくものと確信するものである。

いわま、2009.04.14

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