«ファイティング スピリット»の抜粋、序文、十項
ある日上司に呼ばれミーティングルームに入ると、そこにドン・ベリンジェル氏がいた。
有力な投資家であり、オオガメ島の戦略企画エクスパートでもある彼に会うのはみんなの夢だった。色々語り合った後、最後に武道の話になった。
「有能な指導者は物事を様々な角度から観察し、広い視野をもつものだよ。」彼は話を始めた。「真のリーダーは無難な道ではなく、困難であっても己が信じる道を選び、そうやってチャレンジしていくことで貴重な経験を重ねていくんだ。あなたも本腰入れて合気道に取り組めばきっと新たな人生を切り開くことができるはずだよ。練習で上手くいかないことはあるかい?」
「前受身がなかなか・・・」
「そうだね、前受身は複雑な技だから上手くできない人は多い。まずは失敗を恐れず恥を捨てて何度となく練習することだね。苦手意識がなくなったときに自分の強力な武器の一つになるよ。」
このときの彼との会話がとても気になって週末マリーに相談に行った。
「そうね、なんとも言えないけど」マリーは微笑んで話始めた。 「その恐怖心を消す技もあるのよ。どうするかと言うと、ゆっくり前受身をしながら怖くなってきた瞬間に一度止めるの。」
言うが易し行うが難し・・居ても立ってもいられずにそこで技をやってみた。 道場と違って柔らかいマットがなかったから体が痛かったが何度もやってみた。
マリーはじっと私を見ていたが、限界ぎりぎりのところで口火を開いた。
「もういいわ。ご存知の通り、人間の体は結構複雑なのよ。何か新しいことをするとき、体はまずそれを習い、覚え、慣れようとするものなの。でも今のあなたを見ていると、今までと同じ体の動きで新しい技に取り組もうとしているのよ。それには二つ原因があると思うの。
まずは膝が弱いこと。肩周りの筋肉は丈夫なのに膝がまだ弱いから自分の体を落とそうとする時にバランスが崩れてしまうの。 もう一つは手を十分に使えていないこと。
ということはまず膝と手を鍛えなければならないってこと。」
なんだかとてもすっきりした気分でマリーの家を後にした。
人々の不安を掻き立てるような噂話が飛び交い、日本行きをこれ以上延期することはできない状況になっていた。普段、レミは旅の前には必ず森の奥の秘密の場所で黙想する習慣があったが、今回はなぜか狐につままれたかのようにその場所になかなか辿り着くことができなかった。
負けず嫌いのレミは諦めがつかず、五感を研ぎ澄ましてやっとのことでその場所を見つけた。近づいていくと徐々に雑音が消えていき、あたりの空気も色も変わっていった。『来たっ!』と思った瞬間レミは深い眠りに落ちた。それから覚えているのは日本人の男の人の顔だけ。どこかオフィスのような場所で同僚と話しながらレミの顔をじっと見つめていた・・・
その後はなんでか京都のおばあちゃんの家を訪ねたような夢。自分の部屋に入るとベッドの上にルビーのブレスレットを見つけた。それに触れた瞬間風が吹き始め、徐々に家をガタガタと揺らし始め、しまいに嵐となってあたりのものすべてと家を吹き飛ばしてしまった。
風が静まると同時にレミは目を覚ました。驚いたことにそこは森の中ではなく、徒歩4時間もかかるアシエンダの前だった。
『早く旅立てってことかな・・』レミはそう思った。
ようやく辿り着いた家の周りには白狐が数匹うろうろしていて、彼らにかみ殺されたねずみがあたりに沢山いた。
『何か変だ・・』レミはつくづくそう感じた。
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